青森大空襲に関する各種資料です

青森空襲被害地図

 昭和20(1945)年7月28日夜、青森市はアメリカ軍機による空襲を受け、壊滅的被害を受け、1000人以上もの死者を出しました。
 この図は、空襲によって家屋などが焼失してしまったおおよその範囲を示したものです。如何に、アメリカによる空襲が凄まじかったかがわかります。赤色部分が炎をあげたかと思うとゾッとします。あなたが今お住まいの場所が、空襲時どうだったかを確かめてみるのも、歴史に思いを寄せるきっかけになるかもしれません。
(新)=約1ヶ月以内の追加
(原図=「写真集 青森大空襲の記録」青森空襲を記録する会

青森空襲被災地彩色画スライドショー

昭和20(1945)年7月28日、青森市は米軍機による空襲で、市街地の大半を焼失し、1000人余の犠牲者が出た。空襲直後に、当時弘前に住んでいた伊藤孝之画伯が空襲の惨状を彩色画に描いた。画像データは、室谷洋司さんから提供を受けました。記して感謝申し上げます、

2021年7月 オンライン「青森空襲の跡をたどる集い」

コロナウイルス感染拡大により、昨年から青森空襲の痕跡をたどるバス見学は、中止せざるを得ませんでした。青森空襲を記録する会の活動の中で、初めてオンラインでの見学会です。
遠くは関西圏や関東圏などから、約30名の参加がありました。中でも、大学生・高校生の参加もあり、青森空襲の記憶を如何にして次代へつなげるか、大きな課題を抱えていた中で、一筋の光明が見えたような感激の一夜でした。

カラーで蘇る戦時下の青森高等女学校

収録日:2022年7月23日
収録場所:青森市
使用素材:青森空襲を記録する会から提供を受けた白黒写真
カラー化作業:画像ソフトのPhotoshopを使用